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2012年12月 6日 (木)

人間劣化 その2 「絶対は存在せず、他者は自分を守れない」

絶対安心・絶対安全

大震災や原発事故の後で特によく聞く言葉になってしまいました。

この世に絶対があると思っている時点で滑稽の極みですが
この言葉に安全は自分で守るという意味が含まれているとは思えません。

自分の安全を他者に保障してもらう?
自分の安心は他者がくれる?


誰の人生?
本当にそんなことが可能?
自分は他人の安全や安心を保障できる?

あれをやってはダメ、これもやってはダメ、危険な事から遠ざかるにつれ、
人間から想像力がどんどんなくなり人間劣化は進んでいます。
想像力が無いからKYT(危険予知訓練)などというものが存在するわけです。


自分の未来が見えない者に、他者の未来に責任が持てる訳がない


職業柄、自己の危険を顧みず他者の安全を確保しなければならない人達がいます。
お金には代えられない命を、給料ごときの価値と引き換えにしなければならない。
はした金で生じる義務で命に代えても絶対に他者を守るべきだ?

冗談じゃありません。

 自分の命は

  愛する人の為にやむを得ない時には捨てる価値もあるでしょう
  しかし他者の為にむやみに捨てるものではないはずです

他者の為に犠牲になった方々を美化するのはともかく、
責務を放棄して逃げたなどと批判される人がいるとしたら憂慮すべき事態です。


何度も津波に襲われ、大切な人を失ってきた先人達がある言葉を残しました。

「津波てんでんこ」

この教えを守ったおかげで一家全員が無事だった家族があったそうです。

先人達が尊い犠牲を払って得た教訓、言い伝え、名言、格言
これらに耳を傾けず、重く受け止めもしない。

避難しなくていいと判断したのは誰か?
誰かが言った大丈夫を信じたのは誰か?


最後に判断したのは自分です。

歴史を学ばなかったのも
そういう事態を想定しなかったのも
そういう自分に疑問を持たなかったのも


すべて自分です。

他人に責任を押し付ける前に考え直しましょう。
自分の安全や安心は自分で守るしかないんです。

本当に人間は劣化する一方です。


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