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2013年2月10日 (日)

愛すること とは?

愛の定義などというものは、人それぞれ勝手に解釈すればよいのですが、

真の愛とは
 与えて求めず
なのではないかと思います。

これをただひとつ実現できる例が
赤ん坊に接するとき。

生きるために必要最低限なことすらできない赤ん坊。

赤ん坊に接するとき、あなたは赤ん坊に何かを求めているか?
答えは 否

せいぜい笑ったとか こっちを見たとか
その程度のことで大喜びしているハズである。

では、あなたは赤ん坊に何をしてあげてるか?
 やれ、おなかがすいてないか
 やれ、寒くはないか
 やれ、おしめが濡れていないか

実にマメに
かいがいしく
赤ん坊の要求に応えるべく最大限の努力をしているハズである。

これこそが真の愛の姿なのではないだろうか。

なぜ人はこのような未熟な形で生まれてくるのか?
親となった人間に愛を教えるため
とは思えませんか?

親になって家族を持つ。
その時、愛を知らず、心が未熟なままでは、よい家庭は築けない。
ゆえに、愛がなければ育てられない赤ん坊をこの世に遣わす。
誰が考えた仕組みなんでしょうね


恋する男女は
愛しているよ
などと簡単におっしゃるが
所詮 か~るい口と声帯が発する戯言。
その実
あ~した こ~した
と男女間にモメ事が絶えないのは
与えるより
求めるから

そんなのわかってるよ~
わかっているけど・・・
は~
そういうのをわかっていない
という。
わかっているつもりの分
タチが悪い

人を愛するということは
そう簡単にできることではないのである。


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