« 不整脈と自律神経の状況 月例報告書 2013年2月・3月 | トップページ | 流血のニューヨーク »

2013年3月25日 (月)

よりマシな死に方とは?

  人はいずれ死ぬ
  従って死ぬことを恐れてはならない
  恐れるべきは、それがいつ訪れるかということだ

                                           G G Mantarou


昨日、不整脈の自身への覚書をUPしたら
心優しい ぺーたーさん から長生きしてください
って、うれしいコメをいただいた。
 泣ける

寝るのが怖かったが、今夜は不快なレベルの発作はなくて一安心。

ここでふと考えた。
人はよく言う
苦しまないで死にたいと
苦しまない死に方 = あっという間の突然死
という図式が成り立つとおもうのだが・・・。

愛する家族にお別れも告げられずに死ぬ。
これって果たして幸せなことなのだろうか?

ガンなどで日に日に弱っていき
自身はつらい痛みに耐えながら死んでいく・・・というのもこれまたキツイ。
何より、そんな姿を愛する家族に見せながら死ぬというのも
決して幸せなことじゃない。

どっちみち 死ぬ ってことは幸せなことじゃないのだが、
それではどちらがまだマシな死に方なのだろうか?

筆者は、おそらく心室性頻拍などから心室細動という致死性の不整脈で死ぬ。
即死はムリでも、苦しむのはせいぜい数分といったところか。
たぶんこういう苦しさだろうな?
という経験は、上室性の頻拍で経験している。
この死に方、残念ながら
 家族にこれまでの感謝や
 さよならを言える状況

ではない。

やはり、苦しくても、家族とのお別れを惜しむ時間が欲しい。
自身の生きた証を残す時間も欲しい。
余命?ヶ月という死に方をしたいと思う。

家族にとっては、どちらがつらいだろうか?

 突然ポックリいなくなって、別れを惜しむ時間もない

 もがき苦しみながら死んでいく姿を見なければならないが
 最後を看取ることができる

あなたの愛する人に死が訪れるとしよう。
あなたなら、どっちの方がマシだと感じますか?


  blogramのブログランキング

共感した 役に立った 面白かった
                        という方はポチッと応援よろしくお願いします。

| |

« 不整脈と自律神経の状況 月例報告書 2013年2月・3月 | トップページ | 流血のニューヨーク »

人間学」カテゴリの記事

コメント

いままで「死」についてそんなに考える事なかったけど、いつかは…。

色々考えさせられる記事ですね。

投稿: ばなな | 2013年3月26日 (火) 08時37分

お七どん
いきなりポクって逝っちゃったら旦那様が可愛そうじゃありませんか?

長生きすることを強く願う
ふっふっふ
まったくその通りですね。
まあ、しばらくは死にませんよ。
ストレス発散係
おまかせください。

しかし心臓がままならないと、弱気になってしまうものです。
たまにはセンチな まんたろう も、可愛げがあってよさげ
でしょ?

投稿: まんたろう | 2013年3月25日 (月) 23時23分

 私はある日寝たまま起きてこないが一番理想です。でも、まんたろうさん、死に方なんて考えないで、丙午でしょう。まだ十分若い、私は、百まで現役で働く予定だからその時のストレス解消役は誰がするの?あなたしかいないでしょう。
と、思い込みが激しいおしちであった。私こと、佐賀のお七は殺されても死ぬもんかと思っていますよ。毎日!

投稿: ぺーたー | 2013年3月25日 (月) 22時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: よりマシな死に方とは?:

« 不整脈と自律神経の状況 月例報告書 2013年2月・3月 | トップページ | 流血のニューヨーク »