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2013年7月17日 (水)

救いはどこにあるのか?

死にたい
死んだ方がマシ

生きることは苦しい
それでも生きていかなくてはならない

嫌な事はどこに行ってもある
イヤなヤツはどこにでもいる
かのお釈迦様でさえ、嫌いなヤツと一緒に居ることはツライと言っている

自分を救うものはどこにあるのだろうか?

人々が崇めるものの中にその答えがある

信仰の対象は大きく2つに分けることができる

ひとつは絶対神を崇めるもので 
早い話が自分以外の存在に責任を転嫁するということ

もひとつはお釈迦様の教え
全ては己の中にあり、すべての責任は自分が負うというもの

人は困難に向かう時、ふたつのうちのどちらかの選択をする
 逃走か?
 闘争か?


自分以外の存在に責任転嫁ができるということは逃走とみなすことができ
全て自分が受け止めなければならないということは闘争とみなすことができる

闘争で生きることに疲れたら逃走すればいい

自分の存在自体が、超常的な存在が生み出したモノで
自分の辛さや苦しみは超常的な存在が与えているもの
自分に責任はない
自分を責めることはない

だが、結局どちらの道を選ぶにしても、最後の選択は自分がしている
ドコのどなた様が後押ししてくれたにせよ
選択し行動したのは自分であり、その結果を判定し一喜一憂するのも自分である
決っして後押ししてくれた誰かではない

あなたを救ってくれたのは?
 愛する人?
 家族?
 友達?

違うよ
結局は自分なんだ

自分が救われないって思うのも
救われたって思うのも
救ってくれたのは愛する人だったって思うのも
結局は自分なんだ

自分を救えるのは自分だけ
救いは己の中にある
いや、救いは己の中にしかないんだよ


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人間学」カテゴリの記事

コメント

ぺーたーさん

死にたい人には、その理屈は通らないんですよ
何せ生きてるだけで辛いって人なわけですから

死にたいヤツの気持ちは死にたいヤツにしかわからない

その壁をどうやって崩すか
崩せないから年間数万人の方が自ら命を絶つ

救いは死の中にある
これもひとつの真理なのかも知れませんね

投稿: まんたろう | 2013年7月17日 (水) 05時45分

 つらいこともあるけど、でも、死ぬのはもったいないと思います。なぜかってやっぱり楽しいこともあるから・・・
 何より生きているだけで丸儲けって言いますからね。

 

投稿: ぺーたー | 2013年7月17日 (水) 03時27分

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