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2016年3月11日 (金)

3つの 「信」

彼の心の闇は何なのだろう?、そして、どこから来たのだろう?
彼自身、その解を求めて心理学を学んでいた
たかだか数年で答えが得られるほど容易なことではないので
時間をかけてそれを突き詰めるくらいの覚悟で臨むハズだったのだが
答えを見つける前に心が闇に覆われてしまったのだろうか?

人が心の健全性を保って生きていくためには、3つの 「信」 が深く関わっている

まずは己を信じることの 「信」
自信を持つことは生きることの根幹である
己を信じられければ何もできないと言っても過言ではない

2つ目は信頼や信用の 「信」
社会で人と関わっていくには、人を信じて受け入れたり、人を信じて頼ることも必要だ
これができなければ頼れる者は己のみとなるが、自信のない人間は己に頼ることもできず
孤独の闇をさまようことになるのかもしれない

この二つの 「信」 を失うと、首をもたげるのが不信の 「信」
信じられるものが何もなければ生きる希望など持てるハズもない
心が闇に覆われてしまっても不思議ではない

心の闇を一瞬で振り払える魔法のような方程式も解もない
ただ、何もやらなければ一歩たりとも前に進めないことは確かだ
一緒になって何かをやり、一緒になって人と関わる
少しずつでもいいから 「信」 を取り戻せるように前を向いて進むしかないか・・・・

あとがき
最新の脳科学の研究によって、鬱の時、脳のどこで何が起きているのかがわかりつつあるという
鬱を改善する画期的な治療法に対する治験も進んでいる
(薬だけでなく、微弱な電流を利用したり、効果的な思考トレーニング法など)

今でさえ、薬や医者を信じていない彼
効く・治ると信じてなければ医学も薬も効果は望み薄だ
身の回りに精神科と薬のお世話になっている人をたくさん見かけるが
治ったという話はとんと聞かない)
安易に医学に頼って本人ともどもソレに絶望することだけは避けたい

私自身もそうだが、怠けてるんじゃないの? ただの甘えだろ・・・・と懐疑的なることも少なくない
ただでさえ誰にでもそう思われてるだろうなという負い目があるかもしれないところに
医者にそう思われたり、言われたりしたら文字通りとどめを刺されかねない
聞き取りや心理試験だけでなく、画像診断で鬱などの心の病が診断できれば
医者の心無い一言を心配する必要もない
脳医学の進歩に期待しつつ、今、自分たちにできることを続けていくしかないなぁ~

追伸
本当の原因はなんなのか?
彼に希望を与えることなんてできるのか?
いや、答えなんて、そもそもどこかにあるものなのか?
五里霧中、暗中模索とは、まさにこのことだ
だが、こっちが 「信」 を失ったら、少なくとも、彼に 「信」 は見せれねぇ~わな
信じる者は救われる・・・・・か




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心と体」カテゴリの記事

コメント

たこ拳ぢさん
わかるような気がします・・・・

投稿: まんたろう | 2016年3月12日 (土) 22時09分

信頼はするが信用はしない

これはあるファミレスの店長から聞いた部下に対するときの信条というか距離というか。

なるほどなと思いました。

今では地区を統括するマネージャーになってしまいましたが。

投稿: たこ拳ぢ | 2016年3月12日 (土) 09時23分

まめこさん
信じる者は救われますよ

投稿: まんたろう | 2016年3月12日 (土) 06時19分

三つの「信」ですか。。。
別の「信」を考えていました(笑)確かにね~
取りあえず、私は相手を信じたい 
いや、信じている。
頑固だから信じると決めたら信じる‥私の信条です

投稿: まめこ | 2016年3月12日 (土) 03時04分

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